心臓の拍動の引金となる刺激を生成し,その刺激を伝導する,心臓内壁にある特殊な筋繊維系。心臓は他の臓器と異なり,みずからの律動性によって絶え間なく,しかも順序よく(心房から心室へ)収縮と弛緩を繰り返し,血液循環を行っている。この律動の規則性は,右心房内大静脈開口部に存在するわずか1.5mm×0.5mmの心筋細胞の塊(洞房結節または洞結節という)の反復興奮のリズムにより調律されている。このように洞房結節は心臓の収縮,弛緩のリズム全体を決定しているので,歩調とりまたはペースメーカーpacemakerといわれる。洞房結節の細胞群はイギリスのキースArthur Keith(1862-1956)とフラックMartin Flack(1882-1931)により1907年に発見されたもので(それでキース=フラック結節ともいう),他の心房,心室の壁を構成する心筋細胞より小さい。また筋原繊維に乏しいが細胞要素はすべて備えている。この細胞の興奮はまず心房筋に広がり,房室結節(1mm×3mm×5mm),房室束(ヒス束)の左右の脚を経てプルキンエ繊維に伝わり,心内膜から左右の心室筋へ伝えられる。この興奮伝導路が刺激伝導系と呼ばれるもので,規則正しい心律動を支配している系である。房室結節(1906年田原淳により発見されたので田原結節ともいう)を構成する細胞は,洞房結節のそれと同じく一般心筋細胞より小さく,自発興奮性がある。しかし,その律動が洞房結節細胞より遅いため,心拍動の調律は先行する洞房結節の律動に支配される。
洞房結節における心調律の機転は,この部の細胞の活動電位の発生および回復の過程が他の固有心筋のものと異なるため反復する興奮が起こることによる。第1に洞房細胞ではいわゆる静止電位が認められない。拡張期に一致する電位は固有心筋に比べて浅く(-40mV付近),しかもゆるやかに脱分極を続けて発火点に達する。この電位はペースメーカー電位と呼ばれる。活動電位の再分極相では,活性化されたK電流が最大拡張期電位付近で速やかに活性化が解除され,以後徐々に減少する。さらに,カルシウムイオンによる内向き流によってペースメーカー電位に移行し,カルシウムイオンに運ばれる洞房結節細胞の活動電位となると考えられている。ペースメーカーの反復性リズムは,洞房結節部に分布する自律神経を介して,身体の他の臓器の機能と関連して変化する。交感神経はアドレナリン分泌によりリズムを促進し,迷走神経はその伝達物質アセチルコリンの作用でリズムを遅くする。
心臓は,体循環と肺循環という二つの血液循環の回路の中間に位置するポンプで,心房,心室での収縮,弛緩が規則正しく行われねばならない。したがって,洞房結節に始まった興奮は,一定時間内に心房筋全体,心室筋全体に伝播しなければならない。心房内伝導は心房筋間の興奮短絡路(ネキサス構造)のみによって全域に広がり,その興奮が房室結節へ伝えられる。房室結節での興奮はヒス束に伝えられる。ヒス束を構成する心筋も,収縮要素は少ないが直径は大きく,並行して走っている。この部域での伝導速度は大きく,その活動電位の立上がり速度は大である。ヒス束の分岐した左右の脚はそれぞれプルキンエ繊維として心室に入るが,左脚は右脚より太いことが多い。
このような伝導路での異常はブロックblock(刺激伝導障害)と名づけられ,房室ブロック,脚ブロックなどがある。これらは刺激伝導系細胞の変性(炎症,血液供給障害),あるいは細胞群の部分的死滅により発生する。また機能的には,心臓内のある部位の細胞が自発興奮を起こし(異所焦点),その興奮が逆行性に伝播したり,旋回路を形成するために生じる。このような刺激伝導系の異常は,興奮に伴う活動電位に変化をもたらすので,心電図から診断することができる。重い房室ブロックで心機能が侵されたとき,人工ペースメーカー(心拍動のリズムをもつ電気的反復刺激装置)を用いて補償することができる。
→心臓 →心電図
執筆者:入沢 宏
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心臓の収縮運動をつかさどる特殊な心筋細胞(心筋線維)系をいう。この伝導系の心筋細胞群は、収縮という機能に関しては普通の心筋細胞と同じであるが、刺激伝達だけに働くというのが特徴である。刺激伝導系は四つの構造、すなわち洞房結節、房室結節、房室束、プルキンエ線維から構成されている。洞房結節はキース‐フラック結節(生理学者A. KeithとM. Flackの名にちなむ)、あるいはペースメーカーともよばれ、長さ2.5センチメートル、幅0.2センチメートルの小組織塊である。この結節は右心房の壁の上大静脈の開口近くに存在し、多数の心筋細胞が集まって網状構造をつくっている。これらの細胞は本来、固有の収縮リズムをもっているため、脳や脊髄(せきずい)からの神経伝達による刺激は必要としない。つまり、結節の筋細胞自身で規則的な収縮刺激を生じ、その興奮刺激は両側の心房の筋層の至る所に伝わるわけである。この結節の興奮が心臓拍動の始まりとなるために、ペースメーカー、あるいは「歩調とり」とよばれるわけである。洞房結節によって心房筋が収縮すると、その刺激は房室結節へ進む。房室結節は田原結節〔田原淳(1873―1955)九州大学生理学教授の名にちなむ〕ともよばれ、やはり特殊な心筋細胞の小塊である。房室結節は洞房結節よりも太く、右心房の後壁で冠状静脈洞の開口のすぐ上に存在する。房室結節の興奮刺激は房室束を通って急速に心室に進む。この房室束はヒス束(内科学者W. Hisの名にちなむ)ともよばれ、房室結節からおこり、心室中隔の膜性部の後下縁に沿って約1~2センチメートル走り、心室中隔筋性部の上端で右脚と左脚とに分かれる。右脚と左脚とはそれぞれ中隔の中で右室と左室の内面の心内膜直下を心尖(しんせん)に向かって下降する。両脚は乳頭筋の底部に到達し、それぞれ右室と左室の筋層や乳頭筋に分布する。房室束の分枝をプルキンエ線維(生理学者J. E. Purkinjeにちなむ)とよんでいる。心房筋層と心室筋層とは線維輪を境にして完全に連絡を絶たれているが、この伝導系だけが心房筋と心室筋との間を連ねている。この特殊細胞は一般の心筋細胞よりも太く、筋細胞形質にも富み、筋細線維が少ないのが特徴である。刺激伝導系ではどの部分からでも興奮がおこりうるが、洞房結節の興奮頻度がもっとも大きいため、一般には前述したように洞房結節をペースメーカーとして心臓機能が発揮されている。なお、房室束が遮断されると、心房と心室の収縮秩序が乱されて、それぞれがばらばらに収縮する状態となる。この状態を房室ブロックという。
[嶋井和世]
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